グラナート・テスタメント・シークエル
第6話「決闘遊戯〜ミーティアとメアリーの決闘ごっこ〜」





cardinal(カーディナル)。
その言葉が意味するのは『枢機卿』、『鮮褐色』……そして『深紅色』だ。
また、『基本的な、根本的な、主要的な、中枢的となる』などの意味も持っている。
語源はとある国の原語でcardinalis、『他のものがすべて頼るもの』という意味だ。
色々な意味を持っているが、要は『赤く』、『極めて重要な』……存在ということである。
緋色、深紅、紅蓮……どこまでも『赤く』、『高貴』な存在……それが彼女(カーディナル)だった。



「……またか……」
カーディナルは足を止めた。
何の衝撃も音もない。
けれど、彼女には解った。
羅刹終焉波によって内側から半分以上吹き飛ばされた城が、さらに半分以上吹き飛ば……いや、消し去られたのを……。
「もうこの城は駄目だな……文字通り内側から崩壊するのか……」
カーディナルは苦笑を浮かべた。
城だけではない、クリフォトという組織もすでに瓦解が始まっている。
「だがもういい……所詮は仮初め……偽りのクリフォトだ……」
悪魔王が、ファントム残党達で遊び尽くすために即席で用意した集団……それが今この場に集っているクリフォト達だった。
カーディナルとメアリーのような本物の悪魔以外の者は、いくらでも替えの効く使い捨て、簡単に埋め合わせのできる存在(モノ)に過ぎない。
そのために悪魔王は、あらゆる次元、あらゆる時代の強き罪人の魂を大量にストック(蓄え)、コレクション(蒐集)しているのだ。
メアリーも元はコレクションである罪人の魂の一つに過ぎなかったのだが、余程気に入ったのか、悪魔王は彼女に悪魔としての『肉体』と『地位』を与えたのである。
「母上……悪魔王様の酔狂は今に始まったことではないがな……」
あの方にとっては全てが娯楽なのだ。
長い刻を生きるための、暇潰しに過ぎない。
メアリーだけでなく、『娘』である自分の存在もまたあの方の酔狂によって誕生したものだ。
ならば、自分の役目は唯一つ。
あの方の命じるままに、その望みを叶え続ける……つまり、あの方を楽しませ続けることだ。
「まるで、道化の人形だな、我も……母上……此度の茶番は満足されたか?」
カーディナルは独り呟く。
ファントムVSクリフォトという茶番劇はもう終わりにさせてもらおう……自分にはもう次の『目的』ができたのだ。
初めて、あの方の命ではなく、自らの意志で成してみたくなったこと……。
あの方の許可を取り次第、その目的のための行動に移るつもりだった。
おそらく反対はされないだろう。
あの方は他人が好き勝手することを許すどころか、好む方だ。
自らにとって余程の不利益……遊びや企みを台無しされる行為でない限り……。
「……というわけだ……さっさと終わりにさせてもらおう」
カーディナルの視線の向けた先には、銀髪のメイド少女が立っていた。



ミーティア・ハイエンド。
ファントム十大天使番外位…… 隠れた11番目のセフィラ(神性)「ダァト(深淵)」
を司る者だ。
「隠された叡智」を象徴とする彼女は、総帥であるアクセルの妹というだけでその地位に居たのではない。
彼女自身、兄であるアクセルにも見劣りしない、紛れもない『魔人』なのだ。


巨大な水晶玉に乗って浮遊するミーティアの周囲に、七色(七種)七つの水晶玉が展開している。
「赤っ!」
ミーティアが一声発した瞬間、傍らの赤い水晶玉が発光し、同時にメアリーの姿が紅蓮の炎に包まれた。
「ああああああああああああああああはああっ!」
絶叫のような掛け声と共に、紅蓮の炎が内側から消し飛び、メアリーが姿を見せる。
「青っ!」
「とっ!」
メアリーが跳躍した直後、床が全て氷漬けにされていた。
気絶したままだったビナーが、その氷の床の中に埋葬されてしまう。
「黄っ!」
黄色い水晶玉から凄まじい豪雷が解き放たれ、空中で無防備なメアリーに襲いかかった。
「サンダーヴァイパー(雷毒蛇)!」
雷を纏ったヨーヨーが蛇のようにうねりながら宙を駆け、豪雷と激突し、相殺する。
「緑!」
ミーティアを余裕で真っ二つにできると思われる巨大な緑色の風の刃が、同時に十発、緑色の水晶から撃ちだされた。
メアリーは、背中に翼でもあるかのように、空中を自在に舞い、風の刃の隙間を巧みに擦り抜ける。
「甘いっ!」
風の刃達を全て擦り抜けたメアリーを、いつのまにか撃ちだされていた緑色の『渦』が呑み込んだ。
渦……竜巻はメアリーを暴風で弄んだ後、天井に向けて吐き出す。
だが、メアリーは天井に叩きつけられる前に体勢を立て直し、足から天井に着地した。
「ダブルサンダーヴァイパー(双雷毒蛇)!」
二つのヨーヨーが二匹の雷蛇と化し、ミーティアに迫る。
「紫っ!」
紫色の水晶玉がミーティアの正面に来たかと思うと、凄まじい紫の閃光を放出した。
それはまるで、ネツァク・ハニエルの『紫煌の終焉』に匹敵……あるいは凌駕する程の輝きと威力を有しており、二匹の雷蛇を呑み尽くすと、そのままメアリーの姿まで呑み込んでしまう。
そして、紫光は天井を全て消し飛ばしながら、天へと駆け抜けていった。
「今度はあなたが甘いです」
天へと昇っていく紫光に視線を向けていたミーティアの足下から、メアリーの声。
「インシネレートヴァイパー(火葬毒蛇)!」
二個のヨーヨーが、二匹の巨大な炎の毒蛇に転じると、ミーティアを呑み込もうと鎌首をもたげた。
ミーティアには解らなかったが、その姿は悪魔王エリカ・サタネルの操る『炎蛇』に酷使している。
「ちっ! 黒っ! 白っ!」
黒と白の水晶玉がそれぞれ、炎の毒蛇の口内に飛び込むと、激しい黒と白の破壊光を放ち、蛇頭を吹き飛ばした。
「赤! 青! 黄! 緑! 紫! 流星五光陣(りゅうせいごこうじん)!」
残りの五色五つの水晶玉が、五つの巨大な光弾と化すと、地上のメアリーに向かって解き放たれる。
火葬毒蛇に変化させた二個のヨーヨーは、黒と白の水晶玉の自爆的な一撃によって消滅しており、メアリーは完全に無防備だった。
「っ!」
メアリーが両手をパッと閉じて、パッと開くと、新たなヨーヨーが手品のように出現する。
「インシネレートヴァイパー!」
迫り来る五色の流星に向かって、二匹の炎の大蛇が飛びついていった。



カーディナルが右手を前方に突き出すと、空間が歪み、鮮褐色の剣が出現した。
彼女の右手が剣の柄を掴んだ瞬間、剣の色が美しい深紅色に変色する。
「では、始めるか……殺し合いを……」
カーディナルが一振りすると、深紅色の剣の刀身に紅蓮の炎が宿った。
「そうですね……黙って通してくれるわけもありませんし……」
銀髪のメイド少女……マルクト・サンダルフォンは、モップを捻り、先端のブラシ部分を取り外す。
マルクトは、モップから白木の鞘の刀に戻った得物で居合いの構えをとった。
「居合い……極東刀か……我が紅蓮剣とどちらが上かな……?」
紅蓮剣。
その名の通り、紅蓮の炎を纏った深紅色の剣は、カーディナルが手にした時だけその真価を発揮するのだ。
彼女以外の者が手にしても、紅蓮の炎は宿さないし、美しい深紅色に染まることもなく、鮮やかとはいえ褐色(暗い色)の脆く無力な剣に過ぎない。
紅蓮剣とはまさに彼女のためだけに存在する、彼女以外の者には無用の長物なのだ。
例えるなら、カーディナルという炎(力)を生かすための酸素や薪のようなものである。
ただの鋼の剣にも劣る鮮褐色の剣は、彼女の手にある時だけ、深紅色に輝き、紅蓮の炎を宿し、あらゆる聖剣魔剣を凌駕する最強の剣となるのだ。
「我が剣は……刃で斬るのではなく、炎で灼き切る……ゆえに、受け止めたいのなら、刃に魔力なり闘気なりを全力で注ぎ込むのだな……」
炎の剣の前には、刃の硬さや鋭利さなどは全て無意味と化すのである。
防ぐ方法は、魔力や闘気などで刀身をコーティングし、炎を刃に届かないようにさせるしかなかった。
……という、ある意味自身の剣の弱点ともいえることを、カーディナルはマルクトに教えたのである。
自らに対する絶対的な自信と、少しでも戦いを楽しみたいという遊び心からの行為だった。
似ても似つかないように見えて、戦いを、殺し合いを、自分の命のやりとりすら、娯楽と認識している所は、カーディナルは紛れもなくエリカ・サタネルの『娘』である。
「……行くぞ!」
宣言と同時にカーディナルとマルクトの間合いが零になっていた。
紅蓮剣がマルクトを縦に真っ二つにしようと振り下ろされる。
「燃え尽きろ!」
「……七天抜刀セヴンズヘヴン!」
炎の一刀両断と七方位からの居合い斬りが真っ向から激突した。



「流石ですね……今ので三割程度の力といったところですか?」
「あなたこそ、ミーティアの心を読めば、もっと楽に戦えたでしょうに……遊びすぎだよ」
「ええ、遊びですから……先の読めている遊び程つまらないことはありません」
「あははっ、確かに、事前に攻略本を読んでその通りに動くなんてつまらないよね〜」
「……何やっているんですの……あなた方……」
目を覚ましたビナーが最初に見たのは、仲良く談笑するメアリーとミーティアだった。
「決闘ごっこ〜♪」
「決闘遊戯(デュエルゲーム)です」
ミーティアとメアリーが同時に答える。
「ごっこって……敵同士なんだから、本気で殺し合いなさいよ……あたくしなんて本気で殺されかけたのに……」
「えっ? ミーティア本気だったよ。力はセーブしたけど」
「ええ、遊戯(ゲーム)は本気でやるものです。威力は抑えましたけど」
「…………」
力を抑えた時点で本気でない気がしたが、なんかもうツッコミ入れるのも馬鹿らしくビナーには思えた。
「あ、そうだ、ビナーさん」
メアリーが何か思い出したかのように、ビナーに話しかけてくる。
「……何よ?」
「貴方の姉君……向こうの部屋で死にかけてますよ」
メアリーは、ビナーの背後を指差しながら、何でもないことのように言った。
「ううっ!? なんですの、それ!?」
あまりに突然に、予想外な話題というか、情報を叩きつけられ、ビナーは平静ではいられない。
「ちょっと、それ本当ですの!? だいたいなんで、あなたが……」
「私と銀朱は、この城で起こっていることを全て大雑把になら把握できるんです」
「つっ……だったらもっと速く教えなさいよ!」
ビナーは普段のわざとらしい言葉遣いすら忘れて怒鳴ると、メアリーとビナーに背中を向けた。
「ここに来る前の分かれ道で逆に曲がってください……そこから、左に曲がって……三つ目の角を右に……」
メアリーの言葉を聞いているのか、いないのか、ビナーはすでに部屋の外に駆けだしている。
「あの男……ん、研究室みたいな部屋で武器の姿で転がっているはずですよ……て、もう聞こえていませんか……」
ビナーの後ろ姿はもう見えなくなっていた。






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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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